こんにちは。MIOS(マイオス)です。
MIOSスタッフが気に入って愛用している生活のアイテムや、おススメしたい場所、プロダクトを紹介していくMIOSレコメンド。
本日は、 デザインディレクター・伊藤裕也が、建築のカッコよさに触れるきっかけになった人物、建築家・丹下健三(たんげけんぞう)氏の魅力をご紹介します。
建築で未来を描いた日本建築の父「丹下健三」
丹下健三氏の存在を最初に知ったのは、小学校の図書館でした。
ふと手に取った本に描かれていた、未来の東京の姿に惹きつけられたことを今でも鮮明に憶えています。
(それは「東京計画1960/東京大学丹下健三研究室」と呼ばれ、東京湾に巨大な構造体が浮かび、街が海へと拡張していく壮大な未来都市の構想でした)
子どもが恐竜や宇宙にワクワクするのと同じように、こんな世界を「つくれる」人がいるなんて。「建築」という言葉に心がときめいた瞬間です。
その後、丹下健三氏の建築物が直に見たくて、親と一緒に東京都庁舎へも訪れました。見上げたスケール感や秩序だった構成はまさに、あの図書館で見た「未来都市」を感じさせ、建築というものが、街そのものを形づくりのだということを、体の芯で感じた気がしました。
住宅から美術館、公共建築、都市計画まで、対象が変わっても、彼の建築にはいつも「人と空間」「空間と社会」をつなぐ思考が流れ、戦後日本を代表する建築家として、国内外の都市景観に多大な影響を与えたその功績は、時代が移り変わっても刻まれ続けています。
都市と建築、個と全体をつなぐ視点
丹下健三氏の建築は、建物単体の魅力のみで完結しません。
その視点は常に、もっと大きな枠組み。例えば、都市、地域、国全体へと向かっています。
代表作のひとつ「広島平和記念資料館」では、建物そのものが都市空間の構成要素となり、モニュメントとしてだけでなく、記憶と未来をつなぐ装置として機能しています。サウジアラビア・リヤドの都市計画など、スケールも文化も超えて、都市と人の関係性を見つめ続けた稀有な存在です。
建物が単独で主張するのではなく、互いに呼応し、つながり合いながら街の風景をつくるという発想には、大きな影響を受けましたし、MIOSが大切にしている価値観と通じる部分があります。
丹下健三氏は生前、「人間のための建築」を信念として語っていました。それは、建築が人を支配するのではなく、人に寄り添い、人の営みを豊かにするものであるべきだという姿勢です。
華やかさよりも、誠実さ。主張よりも、対話。時代を超えて残り続ける建築には、そうした“見えない価値”が必ず宿っています。
私たちもまた、目先の流行ではなく、暮らす人の時間に深く根ざす家をつくること。そして、住宅だけにとらわれず、広く地域や未来をデザインできる企業を目指したいと思います。
※本コラムの画像は丹下都市建築設計WEBサイトより転載
https://www.tangeweb.com/
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